|
the PeteBest(ザ・ピートベスト)は日本のロックバンド。1990年に結成され、2005年に解散した。 == 来歴 == 1990年に中学校の同級生4人により、大阪市で結成された。メンバーは当時ビートルズのファンであり、ビートルズの本に記載されていた元ドラムスピート・ベストの名前が目に留まったため、これをバンド名とした。メンバーの高校卒業を機に1994年から活動拠点を東京に移し、路上でのライブやコンテストへのエントリーを積極的に行った。 1996年、CX系のオーディション番組P-STOCKで優勝したことがきっかけとなり、シングル「日向ヶ丘」をインディーズからリリースした。さらに翌1997年、根岸孝旨のプロデュースでシングル「24.7 〜Super Sonic Shoes〜」をポニーキャニオンよりリリースし、メジャー・デビューした。 4thシングル「Lucy」がNHK-FMミュージックスクエアのオープニングに、7thシングル「陽のあたる場所」がTVKトーキョー#REMIXのオープニングにそれぞれ採用されて、ラジオを中心に注目を集めた。この両シングルは、NACK5Japanese Dreamのチャートでそれぞれ月間7位、月間4位にランクインした。 1999年にリリースされた2ndアルバム『the winding road』をレコーディングする直前にリードギターの川副が脱退してスリーピースバンドとなった。さらにコロムビアに移籍してプロデューサーも岡野ハジメに変わった。 このことをきっかけにそれまでのギターポップからミクスチャー・ロックへとバンドの音楽性を変化させた。このことは、ボーカル田辺の好きなバンドとして、ビートルズではなくレッド・ホット・チリ・ペッパーズが第一に挙げられるようになったことからも分かる。 2001年にはインディーズの若手バンドストレイテナーに目をつけて共同でシングル「DRAGORUM」を制作した。続く4thアルバム『a decisive point』ではストレイテナーのホリエアツシをはじめとして多数の若手ミュージシャンをゲストとして招いた。 2003年にプライベートレーベルLOW-FATを設立してインディーズに後退した。2005年7月23日にShibuya O-Westでラストライブを行って解散した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「The PeteBest」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|